« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008年5月17日 (土)

とうとう、伊三郎の野郎を殺っちまったぜ

【送料無料選択可!】斬る / 邦画

国定忠治の無頼日記58   天保5年(1834)7月2日~25歳

待ちくたびれた頃に、やっと、伊三郎の野郎が提灯をぶらさげてやって来やがった。用心棒の永井兵庫は酔っ払っていやがるのか、フラフラしながら、下手くそな木崎節を歌っていやがる。

奴らが目の前を通り過ぎるのを見送ってから、俺たちは後を追ったのよ。向こうには富五郎たちが待機してるからな、挟み打ちにして倒すんさ。

文蔵が「伊三郎、待ちやがれ」と怒鳴ったのと同時に鉄砲の音が鳴り響いた。用心棒が撃たれたようだった。

「卑怯だぞ、てめえら誰だ」と伊三郎か叫んだ。

中瀬の新三郎も新十郎の弓矢にやられたようだった。三下奴どもが悲鳴を上げて逃げようとしたが、民五郎と浅次郎が向こうで待ち構えていた。

「おめえは忠治だな」と伊三郎が言ったが、文蔵が投げた手裏剣が腹に当たって苦しそうに身をかがめた。

俺は長脇差を抜いて、伊三郎の野郎をたたっ斬ってやったのさ。伊三郎の野郎は倒れて、首から血が噴き出していたよ。

頭ん中が真っ白になって、急に8年前の殺しがよみがえって来やがった。また、やっちまったって、胸ん中が重苦しくなって来やがった。

「親分、やったぜ」って文蔵が騒いでいたけど、俺アぼうっとして伊三郎を見おろしていたんさ。

「おーい、みんな、大丈夫か」って文蔵の声で、俺ア我に帰って、辺りを見回したぜ。

伊三郎以外の野郎はみんな逃げたとみえて、誰も倒れちゃいなかった。

浅次郎が提灯を持って来て、伊三郎を照らした。

伊三郎は体を震わせながら何事かを言っていた。

「何が言いてんでえ。最期の望みとやらを聞いてやるぜ」と文蔵が言って、伊三郎の口元に耳を近づけた。

伊三郎は唸りながら左手を伸ばすとガクリと事切れた。

「死にやがった」と富五郎が言った。

文蔵が伊三郎の死体をひっくり返して、腹に刺さった手裏剣を引き抜いた。

「へっ、ざまア見やがれ」と文蔵は言って、血だらけの手裏剣を伊三郎の着物で拭いた。

「伊三郎の奴ア何が言いたかったんだんべえ」と友五郎がぼそっと言った。

「そんな事ア知るけえ。妾の面倒でも俺たちに頼みかったんじゃねえのか」と文蔵が冗談を言ったが、笑う者は誰もいなかったんさ。

侠客(おとこだて)国定忠次一代記

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »