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2006年10月23日 (月)

円蔵さんを軍師って呼ばせてもらうぜ

昭和残侠伝 死んで貰います

国定忠治の無頼日記41     天保3年(1832)2月~23歳

円蔵さんの作戦はうまく行ったぜ。

まずは平塚の助八のシマ内の賭場荒らしをしたんさ。小せえ賭場だけどよ、中島の甚助の子分の振りをして、ちょこちょこ荒らし回ったんさ。

助八は甚助を疑ってるようだったが、表立った動きはなかった。失敗したかなって思ってたら、年が明けてから、助八の子分どもが甚助の賭場を荒らし始めたんさ。こいつぁア、まもなく、出入りが始まるに違えねえって見守ってたんだが、なかなか始まらねえ。そこで、ちょっくら、細工をしてやったんさ。

顔の知られていねえ新参者の甲斐の新十郎曲沢の富五郎を付けて中島に送って、賭場荒らしをしている助八の子分を斬らせたんさ。うまく行ったぜ。助八の子分二人は一刀のもとに斬られ、斬り口があまりにも見事なんで、浪人者の仕業に違えねえって事になったんさ。

島村の伊三郎が十手をかざしてやって来て、助八としても、伊三郎にすべてを任せたんだけどよ、やっぱり、黙っちゃいられねえや。ここで黙って引き下がったら、面目丸つぶれって奴よ。

助八は甚助が浪人者を雇って殺させたに違えねえって、中島に殴り込みを掛けたんさ。甚助を殺した助八は子分を引き連れて、そのまま、国超えしちまったよ。

伊三郎の野郎は怒ったねえ。八州様に訴えて、助八はお尋ね者になって、関東一円に手配書が回ったんさ。可哀想に、当分の間は戻っちゃア来られねえ。

伊三郎は助八の替わりに留五郎を代貸として平塚に入れ、中島は甚助の一の子分だった長平が代貸になったんさ。平塚と中島は依然として伊三郎の支配下にあったけどよ、助八と甚助が消えちまって、いくらか勢力が弱まったってえ訳よ。

俺たちゃ、円蔵さんの事を「軍師」って呼ぶ事に決めたんさ。

侠客 国定忠次一代記

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