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2006年6月18日 (日)

女渡世人てえ奴が飛び込んで来やがったぜ

国定忠治の無頼日記35     文政13年(1830)9月22日~21歳

緋牡丹博徒 お竜参上

その日、俺ア隠居した紋次親分とこにいたんさ。そしたら、秀吉の野郎が呼びに来て、行ってみると八寸の才市が、「親分、てえへんだア」って騒いでいやがる。

島村一家が殴り込みに来たんかって聞いてみりゃア、そうじゃなくって、伊勢屋の賭場に女渡世人が来て勝負してるってえじゃねえか。そいつが、目の覚めるようないい女だってえんで、ちょっくら見に行ったんさ。

賭場に入ってみると、確かにいい女が噂通りに片膝を立てて、駒札を張っていたよ。反対側に座っている客たちは勝負どころじゃねえようだ。女渡世人の膝の奥の方にチラチラと目をやっちゃア、額の汗を拭いていやがった。

文蔵が近づいて来て、小声で「あれは使えるぜ」って言ったよ。確かに、円蔵さんが言ってたように、あの女に壷を振らせりゃア、賭場は繁盛するに違えねえって俺も思ったぜ。

女渡世人は一人勝ちして、帰ろうとしたが、俺は声を掛けたんさ。

桐生町のお辰ってえ名乗った女渡世人は、俺の噂を聞いてやって来たんだって言った。俺はすかさず、客人になってくれって頼んだよ。このまま別れちまうには勿体ねえからな。

お辰は百々一家を気に入ってくれて、俺が壷振りの件を頼む前に、子分にしてくれって言ってきたんだ。

嬉しかったねえ。子分たちも大喜びさ。一番喜んだんは文蔵で、がらにもなく照れながら、お辰に一目惚れしたと抜かしやがった。まあ、頑張ってくんねえって言ってやったよ。

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2006年6月 4日 (日)

親分になって最初の賭場はうまく行ったぜ

国定忠治の無頼日記34   文政13年(1830)9月19日~21歳

久宮一家の賭場に殴り込みを掛けて、久宮の子分どもを国定村と田部井(ためがい)村から追っ払ってやったぜ。

そして、9月14日、国定村の重兵衛の土蔵ん中で初めての賭場を開いたんだ。

境宿の伊勢屋の賭場が二と七の日なんで、国定村は四の日、田部井村は九の日に開くって決めたんさ。

噂を聞いて、あちこちから旦那衆が集まってくれて、予想以上の賑わいだったぜ。嬉しかったねえ。客が来なかったら、どうすんべえって心配したけど、みんな、俺の事を見捨てちゃいなかった。ほんと、ありがたかったよ。

驚いた事にゃア、お袋お鶴と一緒に来やがった。博奕は打たなかったけどよ、旦那衆に、俺の事をよろしく頼むって頭を下げて回っていたよ。お袋の出る幕じゃねえって追い返したんだけどよ、ほんとは嬉しかったんさ。

俺が親分になって最初の賭場は大成功さ。19日にゃア、田部井村の嘉藤太んちで開いて、それもまずまずのできだアな。久宮一家も俺様を恐れたのか、邪魔をしにゃア来なかったぜ。

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