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2006年5月23日 (火)

円蔵さんのかみさんは噂に聞く女渡世人なんだってよお

緋牡丹博徒 一宿一飯

国定忠治の無頼日記33   文政13年(1830)9月3日~21歳


親分にはなったけどよお、情けねえ事に、子分は七人しかいねえんだ。これじゃア、とっても、やっちゃア行けねえや。まず、頭数をそろえなきゃなんねえ。俺ア、昔の仲間に声を掛けてみたぜ。

ありがてえ事に、国定村の清五郎次郎田部井村の又八曲沢村の富五郎五目牛村の千代松、この五人が子分になってくれたよ。嘉藤太も子分になるって言ってくれたけど、お町の兄貴を子分にするわけにも行かねえから、兄弟分の盃を交わしたんさ。

客人の円蔵さんも入れて15人になって、さっそく、伊三郎に殴り込みを掛けべえって息巻いたんだけど、円蔵さんに止められちまった。戦に勝つにゃア、まず、敵の事をよく調べなけりゃ駄目だって言うんだ。
それに、真っ先にやる事は客がいなくなっちまった伊勢屋の賭場に客を集める事だって言ったよ。しかも、女子に壷を振らせるなんて言い出したんだぜ。

女渡世人の噂は時々、耳にする事アあっても、今まで見た事アねえ。噂によりゃア、女渡世人てなア、目の覚めるようなベッピンで、片肌脱いで、片ひざ立てて壷を振るという。そんな女壷振りが伊勢屋で壷を振りゃア、客が集まって来るに間違えねえ。旦那衆が鼻の下を伸ばして寄って来るぜ。

でもよお、そんな女が実際にいるなんて信じられなかったよ。ところが、どっこい、円蔵さんのかみさんが女壷振りだってえじゃねえか。たまげたねえ。弁天のおりんて名で、まずまずのベッピンで、今、信州にいるらしい。円蔵さんはさっそく、かみさんを連れて来るって出掛けて行ったよ。

伊三郎の事ア、円蔵さんに任せて、俺たちゃ、国定村と田部井村から久宮一家の奴らを追い出す事に精出したのさ。

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2006年5月12日 (金)

襲名披露は大成功さ

国定忠治の無頼日記32  文政13年(1830)8月吉日~21歳

緋牡丹博徒 二代目襲名

「何事も初めが肝心だぜ」って円蔵さんが言ったんだ。そして、吉日を選んで跡目相続の襲名披露が派手に行なわれたんだ。

俺のために錚々たる親分が集まってくれたんだぜ。

仲人(ちゅうにん)は前橋の福田屋栄次郎親分がやってくれたんさ。八寸村の七兵衛親分川田村の源蔵親分玉村宿の佐重郎親分伊勢崎の半兵衛親分大前田村の要吉親分太田宿の与左衛門親分大笹宿の寅五郎親分木崎宿の孝兵衛親分、それに、島村の伊三郎親分も顔を揃えたんだ。

伊三郎を呼ぶんは俺も文蔵兄貴も反対したんだけど、円蔵さんが、「そんなケツの穴の小せえようじゃア、一家を張ったって、すぐに潰れちまう。伊三郎なんか目じゃねえってくれえの太っ腹になれ」って言って、俺たちも納得したんさ。

大前田一家の要吉親分は目が不自由で、めくらの親分て呼ばれてるんだ。俺も噂は聞いていたけど会うのは初めてさ。さすが、栄五郎親分の実の兄貴だけあって、すげえ貫禄だア。ただ、そこにいるってえだけで、誰もが大親分て呼ばずにゃいられねえって雰囲気が漂っていたよ。

話は変わるけど、文蔵兄貴は俺の事を親分て呼ぶんだぜ。兄貴が親分て呼ぶんで、子分たちもみんな、親分て呼んでくれるよ。親分て呼ばれるのは嬉しいけどよお、なんか、照れ臭えや。

集まった親分衆はそれだけじゃねえんだぜ。武州からわざわざ、藤久保の重五郎親分高萩の万次郎兄貴も来てくれたんだ。残念ながら、栄五郎親分は名古屋の方に行っているらしくて来られなかった。

それと渡世は違うけど、香具師(やし)の萩原村の不流三左衛門親分館林の江戸屋兵右衛門親分も来てくれたんさ。

境宿の旅籠屋は各地から集まって来た親分衆で埋まって、町中をウロウロしていた伊三郎の子分どもは恐れをなして消えちまったよ。

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2006年5月 6日 (土)

上州無宿長岡忠次郎――世に『国定忠治』と呼ばれた

国定忠治に関する本.3

国定忠治の時代

『国定忠治の時代』    高橋敏著 平凡社選書 1991年


嘉永3年12月
大戸刑場で処刑された
上州無宿長岡忠次郎――
世に『国定忠治』と呼ばれた
彼の生きた時代は
近世幕藩体制をくつがえしてゆく
民衆の力の動きだす時代であった
村の文人結社や手習塾
そこにつどう筆子(ふでこ)たちによる
緊密な共同体の力
農民剣術のひろがりにみる
底深い在村の武力
我意申す女たちのしたたかさ
文字による自己表現を手にした人々が
世のなかを動かしてゆく‥‥‥
変動する社会の息吹を
豊富な地方(じかた)文書を解きつつ
生き生きと
今に伝える(裏表紙より)

国定忠治の時代―読み書きと剣術

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