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2006年4月12日 (水)

簀巻きにされて、川に流されるとこだったぜ

国定忠治の無頼日記.28   文政13年(1830)6月25日~21歳

新五の兄貴はじっと我慢して、騒ぎを起こすなと言ったが、俺たちゃ我慢なんかしてられなかった。文蔵兄貴と俺は旅人姿になって、伊三郎の賭場を荒らし始めたんだ。

小せえ賭場はうまく行ったんだが、中瀬河岸の賭場に入っちまって、しくじっちまった。思ってたよりでっけえ賭場で、十人余りの旦那衆がいて、盆の上にゃア、漆塗りの上駒がいくつも張られていたよ。ざっと見たところ、二、三十両は動いていたに違えねえぜ。

しまった、と思ったが、もう後の祭りよ。こいつア、ひと暴れしてずらかるしかねえって、文蔵兄貴とうなづき合ったんたがよお、兄貴の奴は、「失礼いたしやした」って頭を下げると一人でさっさと逃げちまったんだぜ。

俺アたまげて、兄貴の後を追おうとしたけど遅かった。若え衆に取り囲まれて、もうどうする事もできねえ。外に放り出されて、メチャメチャに殴られちまったぜ。

どこの野郎だと聞かれたが、俺は本名は名乗らなかった。武州無宿の国次郎って、でまかせを言ったのさ。幸いに俺の顔を知ってる奴がいなかったんで助かったが、筵で簀巻きにされちまったよ。このまま、川に捨てられちまったら、生きちゃアいられねえ。まだ、死にたかアねえって俺アわめいたが、猿轡を噛まされて、何も言うことができなかったんだ。

まったく、情けなかったねえ。死ぬ前に

お町に会いてえって思ったよ。お鶴にも会いてえってな。

でもよお、おてんとさんは俺を見捨てちゃアいなかった。その賭場に大前田の栄五郎親分の兄弟分の福田屋の栄次郎親分がいたんだ。栄次郎親分さんとは面識はなかったんだが、栄次郎親分さんは俺を助けてくれたんだ。栄次郎親分さんには本名を名乗りたかったけど、誰が聞いてるともわからねえんで、俺ア国次郎のままでお礼を言ったのよ。

顔は腫れ上がり、体中が痛くて、とぼとぼ歩いてたら、文蔵兄貴が現れた。俺は文句を言ったが、兄貴は俺を助けるために隠れてたって言うんだ。あん時、二人で長脇差を抜いていたら、二人とも殺されていたぜ。どっちかが逃げて、もう一人を助けるしかなかったって言うんだ。そう言われりゃアそうかもしれねえって思うけどよお、まったく、ひでえ目に会ったぜ。

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