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2006年4月 2日 (日)

壷振りは忙しいけど稼ぎはいいぜ

壷

国定忠治の無頼日記.26   文政12年(1829)10月~20歳

柴宿の啓蔵の裏切りがあってから、紋次親分は酒浸りになっちまったんだ。代貸に裏切られたんが、余程、くやしかったんだんべえなア。

俺たちゃ裏切り者は許せねえって殴り込みをかけたんだけどよ、啓蔵の奴は子分を連れて旅に出ちまった。啓蔵のシマにゃア、島村一家の子分どもがでけえ面していやがるんだ。

文蔵兄貴は島村の野郎どもをたたっ斬ってやるべえって息巻いて、俺もそうすべえって賛成したんだ。奴らをたたっ斬って、また旅にでるべえって思ったんだけど、新五郎の兄貴に止められちまった。

そんな事をしたら、伊三郎の思う壺にはまっちまう。待ってましたと伊三郎の奴は十手を持って乗り込んで来て、境宿を乗っ取っちまうだんべえって言うんだ。悔しいけどよお、親分の事を考えて、俺たちもじっと我慢したんさ。

啓蔵の奴はいつになっても帰っちゃア来なかった。

俺たちもいつの間にか、奴らの事ア忘れて、毎日、賭場で壷を振っていたんさ。前よりずっと忙しくなったけど、稼ぎもよくなってな、弟分を引き連れちゃア得意顔で遊び回っていたのよ。

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