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2006年3月 6日 (月)

境宿はけっこう面白そうだぜ

岩城滉一 Destiny(時のままに流されて)

国定忠治の無頼日記.16   文政10年(1827)10月15日~18歳

保泉(ほずみ)の久次郎って子分がいてよお、俺の事を兄貴って呼んで、色々と教えてくれたぜ。

渡世人の世界じゃ、先に子分になった方が兄貴分なんだが、俺の方が年上だし、貫禄があるからって聞かねえんだ。まあ、兄貴って呼ばれるのも悪かねえから、久次郎の言う通りにしたんさ。久次郎は若え頃の岩城滉一さんみてえな感じの、なかなかのいい男だぜ。

久次郎の話によると、百々一家の縄張りは、日光例幣使(れいへいし)街道の柴宿から境宿までで、街道筋にいくつも賭場を持ってるという。

紋次親分の下に、木島の助次郎境の新五郎柴の啓蔵ってえ3人の代貸(だいがし)がいて、百々一家の三人衆って呼ばれてるんだそうだ。その下に、武士(たけし)の惣次郎馬見塚(まみづか)の佐太郎矢島の周吉という3人の中盆(なかぼん)がいる。

代貸ってなア、賭場で親分(貸元)の代理を務める者で、中盆てなア、掛け金を仕切る事のできて、時には壷を振る事もあるんだ。その下に、出方(でかた)って呼ばれる若え衆が、俺も入れて12人、その下に三下奴が6人いるらしい。

百々一家に隣接して、東に木崎一家、西に玉村一家、南に島村一家、北に伊勢崎一家があってな、玉村一家の佐重郎親分と伊勢崎一家の半兵衛親分栄五郎親分の兄弟分なんだ。それでもって、木崎一家の孝兵衛親分と島村一家の伊三郎親分は兄弟分なんだそうだ。

久次郎の案内で、まず、境宿を見て回ったよ。

西の丁切(木戸)を抜けると、すぐ左手に「伊勢屋」ってえ煮売茶屋があってな、市のある日に、そこの二階で賭場が開かれるそうだ。伊勢屋の隣に髪結い床があって、百々一家の連中が世話になってるらしい。

しばらく行くと右側に本陣がある。街道の両側には居酒屋、煙草屋、菓子屋、荒物屋、酒屋、太物屋、質屋などが並んでいて、宿場の中央に高札場と市場の神様を祀る石宮があった。

その先にも商店がずらりと並んでいて、けっこう面白そうなとこだって思ったぜ。

大間々へと向かう道の角に「桐屋」ってえ料理屋があった。桐屋の二階じゃア市日以外の日で、賭場を開いてるという。

桐屋の前に三人の若え者が座り込んで話をしていたよ。久次郎が、文蔵の兄貴って声を掛けたら、鋭え目つきの男が俺をジロリと見やがった。俺も負けるもんかと睨んでやったよ。

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受信: 2006年6月 9日 (金) 10時05分

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