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2006年3月15日 (水)

雪ん中で見た冬の海は凄かったぜ

国定忠治の無頼日記.20   文政10年(1827)11月~18歳

冬の海

長岡で合の川政五郎親分とこに草鞋を脱いで、次にゃア、出雲崎の勇次郎親分とこに草鞋を脱いだんさ。

政五郎親分はすげえ貫禄だったぜ。睨まれただけで、縮み上がっちまうくれえ凄みのある大親分さ。俺もあんな風になってみてえって憧れたぜ。

勇次郎親分はまだ若え親分さんで、年上の子分たちを顎で使っていたよ。四年前に亡くなった勇次郎親分の親父さんは越後一の大親分だったらしい。佐渡ヶ島を抜けた大前田の栄五郎親分の面倒を見たのが、親父さんの久左衛門親分だったそうだ。

俺たちゃ、勇次郎親分に客人として大歓迎されたぜ。年上の子分たちに囲まれていて、気楽に話のできる相手がいなかったらしい。俺たちは丁度いい話し相手として迎えられたわけさ。

出雲崎で俺たちゃ初めて海ってえもんを見たんだ。雪が降っていて寒かったなア。冬の海は話に聞いていた青い海と違って、黒くて、波が高くて、毎日、荒れ狂ったようだったぜ。

文蔵兄貴と「すげえ、すげえ」って言いながら、眺めていたんさ。上州の飯盛女は越後から来たのがかなりいて、兄貴の馴染みのおたねも越後の海の近くで育ったんだそうだ。こんなとこで育ちゃア芯の強えおなごにならアって兄貴は言ってたっけ。

海を見たんはいいけどよお、俺たちゃ上州に帰れなくなっちまった。越後と上州の国境は雪で埋まっちまって、慣れねえ奴が旅すると道に迷って凍死しちまうって言うんだ。急いで帰る事もねえんで、雪が溶ける春まで、勇次郎親分とこに世話になる事にしたんさ。

魚はうめえし、酒もうめえ。おまけに、娘っ子は色白のベッピンさんがいっぺえいるのよ。博奕を打って、村娘を口説いて、時には出入りの助っ人をしたりと、結構面白くやってるのさ。

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