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2006年3月14日 (火)

川田村にゃア、茗荷松の源蔵親分がいるんだぜ

三匹の侍   三匹の侍

国定忠治の無頼日記.19   文政10年(1827)10月20日~18歳

文蔵の兄貴と俺は川田村(沼田市)の茗荷松(みょうがまつ)の源蔵親分とこに草鞋を脱いだんさ。

源蔵親分は藤久保の重五郎親分と同じように、相撲取りから博奕打ちの親分になったんだぜ。もと相撲取りだけあって、貫禄のある親分さんだアな。ちょっと、とぼけた所のある面白え親分さんで、おめえさん方にわかるように言やア、『三匹の侍』に出ていた長門勇さんてとこだんべ。古いかもしんねえが、勘弁してくんねえ。

源蔵親分は俺の事をちゃんと知っていたんだぜ。嬉しかったねえ。

よくわかんねえけど、俺の事ア、渡世うちじゃア、評判になってるらしい。大前田の栄五郎親分さんに匿われていたって言ったら、てえしたもんだねえって感心してたっけ。

源蔵親分は俺たちを客人扱いしてくれて、居心地はよかったけど、俺たちゃ今度の旅で、どうしても、海っちゅうもんが見たかったんだ。なんせ、上州にゃア海がねえ。話に聞く、でっけえ海ってえもんを拝んでみたかったのよ。それで、雪が降るめえに、越後に行く事に決めたんさ。

越後に行くって言ったら、源蔵親分は、長岡にいる合の川政五郎親分宛ての紹介状を書いてくれたんだ。俺たちゃ知らなかったけど、政五郎親分は上州は邑楽郡(おうらごおり)の生まれで、旅から旅へと流れ歩いて男を売って来た大親分らしい。

俺たちゃ、源蔵親分に礼を言って、さらに北へと足を伸ばしたんさ。

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