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2006年2月12日 (日)

綺麗どころが3人も出てきたんだぜ

綺麗どころ

国定忠治の無頼日記.5   文政9年(1826)秋~17歳

本間道場の先生の紹介で、俺ア今、玉村宿の佐重郎親分とこにいるんさ。

佐重郎親分の名前は聞いていたが、会うのは初めてさ。でもよお、親分は俺の親父の事をよく知っていて、親父に借りがあったんだが返せなかったって言っていた。

無宿者なんか殺したって、何とでもならア。俺に任せときねえと力強く言ってくれたぜ。頼もしかったねえ。

佐重郎親分は角万(かくばん)屋ってえ旅籠屋をやっていて、十手も持っていた。八州様の道案内を務めてるんだそうだ。

博奕打ちの親分が、博奕打ちを取り締まる八州様の手先をしてるなんて、俺にゃアよくわかんねえが、佐重郎親分は信頼できる親分だと俺ア思ったぜ。十手を見せられた時は、俺を捕めえるつもりかと疑ったが、そんな事アなく、俺は大歓迎された。

夕飯の時なんざ、綺麗どころが3人も出てきて、俺の相手をしてくれたんだぜ。親分とこには飯盛女ってえのが何人もいて、そん中でも上等なのが3人出てきたらしい。

目移りするほど、3人ともいい女よ。

ここに来るまでは、捕まったらどうすんべえ、江戸に送られて首をはねらちまうかもしんねえってビクビクしてたんだがよお、そんな事アすっかり忘れて、俺ア殿様にでもなったような気分で騒いだんさ。

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