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2006年2月21日 (火)

村祭んとき、可愛い娘といい仲になったんさ

おマユ

国定忠治の無頼日記.11   文政10年(1827)秋~18歳

月日の経つのは早えもんだ。

桜の花も散って、暑い夏も過ぎ、いつの間にか、葉っぱが色づき始めて来ているぜ。

誰が見ても、俺アもう、いっちょめえの渡世人て感じさ。

万次郎の兄貴はまだ独り者なんだが、村の娘たちにゃア人気があるんだ。娘たちが、親分を見るとキャーキャー騒いでいるんさ。俺の事も噂になってるらしくて、俺も騒がれるんだぜ。

村祭んとき、俺もおマユってえ名の可愛い娘とちょくら、いい仲になったんさ。親が博奕打ちなんかと付き合うのを反対してるんで、内緒の仲なんだけどよ、可愛い娘よ。ちょっと、見てやってくんねえ。

故郷を出てから丁度、一年になる頃、高萩村に栄五郎親分がやって来たんだ。

いい知らせを持って来たんに違えねえたア思ったが、また、堅気に戻れって言われるかもしれねえとも思ったさ。でもよお、もう後戻りはできねえ。何と言われようとも、俺ははっきり、博奕打ちになるって言うつもりさ。

栄五郎親分に呼ばれて、「おめえ、本気なのかい」ってドスのきいた声で聞かれた時は、冷や汗が流れたけどよ、俺は目をそらさねえで、はっきりとうなづいたんさ。

怒鳴られるかと思ったけど、親分は苦笑しながら、「しょうがねえ野郎だ」っ言ったよ。

俺ア、駄目でもともだって思って、もう一度、親分に、子分にしてくだせえって頼んでみたんだ。

やっぱり、断られちまった。でもよお、親分の弟分の紋次親分が、境宿の隣の百々(どうどう)村で一家を張ってるから、そこで修行を積めって言ってくれたんさ。

それに、玉村の親分から知らせが届いて、もう故郷に帰っても大丈夫だって言ったんだよ。

嬉しかったねえ。ようやく、帰れるんだぜ。

栄五郎親分は紋次親分あての紹介状も書いてくれた。万次郎の弟分が三下奴になるわけにもいくめえからって、三下修行なしで子分になれるように書いてくれたんだ。

万次郎の兄貴に恥をかかせねえように、それに、栄五郎親分にも恥をかかさねえように、俺ア博奕渡世に命を懸けるぜ。

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