« 高萩の万次郎親分は若えわりにゃア貫禄あったねえ | トップページ | 村祭んとき、可愛い娘といい仲になったんさ »

2006年2月20日 (月)

驚くなよ。万次郎親分の弟分になったんだぜ

国定忠治の無頼日記.10   文政10年(1827)春~18歳

馬庭念流万次郎親分とこは、ほんとに居心地がいいぜ。

親分ちは広え敷地を持っていて、でっけえ母屋の裏にゃア、蔵がいくつも建っているんさ。

子分たちもみんな若えし、偉そうな面をした子分なんかいやしねえ。みんな、和気あいあいとしてるんさ。

俺のヤットウ(剣術)だって、捨てたもんじゃねえぜ。栄五郎親分に簡単にあしらわれてから、ちっとばかし、自信をなくしてたんだが、ここの子分衆たちにゃア、立派に通用すらアな。万次郎親分も思っていたよりも、俺が強えって喜んでくれたんさ。

驚くなよ。俺ア、万次郎親分と兄弟分の盃を交わしたんだぜ。

万次郎親分は重五郎親分の弟分だ。それでもって、重五郎親分は栄五郎親分の弟分だ。万次郎親分の弟分になった俺ア、栄五郎親分の弟分て事にならアな。もう三下なんかじゃねえってこった。

それによお、俺ア、栄五郎親分の子分にゃアなれなかったが、栄五郎親分の側にずっといた俺は、ひと様から見りゃア、子分のように見えたって万次郎親分は言ったよ。成程、そういうもんかって思ったねえ。

万次郎親分は、「俺は武州一の親分になってやるからよお、上州の事ア、おめえに任せたぜ」と俺に言うんだ。

弟分になったからにゃア、やらなきゃならねえ。故郷に帰ったら、立派な親分になってみせるぜ。

俺が習った念流ってえ剣術は、おめえさん方の時代にもちゃんと残ってるんだぜ。この写真は群馬県吉井町に代々伝わって来た馬庭念流の打ち合いさ。

|

« 高萩の万次郎親分は若えわりにゃア貫禄あったねえ | トップページ | 村祭んとき、可愛い娘といい仲になったんさ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/44960/771374

この記事へのトラックバック一覧です: 驚くなよ。万次郎親分の弟分になったんだぜ:

« 高萩の万次郎親分は若えわりにゃア貫禄あったねえ | トップページ | 村祭んとき、可愛い娘といい仲になったんさ »