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2006年2月18日 (土)

高萩の万次郎親分は若えわりにゃア貫禄あったねえ

松田優作     最も危険な遊戯 

国定忠治の無頼日記.9   文政10年(1827)正月~18歳

年が明けて、十八になっちまったぜ。

十八になって三下たア、情ねえ。しかしよお、我慢しなきゃアならねえんだ。栄五郎親分の盃を貰うまでは、故郷(くに)にゃア帰れねえ。

正月は忙しかったぜ。あちこちから親分衆や旦那衆が挨拶にやって来て、まったく、てんてこ舞いよ。

さすが、栄五郎親分は凄えねえ。みんな、親分にペコペコ頭を下げていらアな。親分は旅の途中だから、大げさに騒ぐなって言うが、みんなが黙っちゃアいねえ。親分さんの噂を聞いて、遠くの方からも続々と挨拶に来らア。そん中に高萩村から来た万次郎って親分がいたんだ。

親分と言っても、まだ若え。噂じゃア、重五郎親分の弟分で、二十三になったばかりだという。背がやたら高くて、若えわりにゃア貫禄があったねえ。俺もあんな親分になりてえって、陰ながら見てたんさ。

その万次郎親分を木賃宿に案内した後、俺ア、万次郎親分に呼ばれたんさ。

お園さんは、「なにか粗相でもしたんかい」って心配顔で聞いて来た。万次郎親分を怒らせると手が付けられないから、何を言われても謝るんだよって言うんだ。

俺ア覚悟を決めて、恐る恐る部屋を訪ねたんさ。

万次郎親分はやけに長え煙管をくわえながら、機嫌よく迎えてくれた。俺はホッとしたぜ。

「おめえの噂は聞いてるよ」って万次郎親分は言った。そして、いつまでも三下なんかやってるガラじゃアあるめえ、俺んとこに来ねえかって言うんだ。しかも、客分として迎えるって言うんだ。

俺ア耳を疑ったぜ。からかってるのかと思ったが、そうじゃなかった。高萩村に剣術道場がねえから、若い者に剣術を教えてやってくれって言うんだ。

こん時ほど、剣術をやっていてよかったって思ったことアねえ。俺ア二つ返事で引き受けたぜ。

万次郎親分てなア、どんな親分さんかって言うと、松田優作さんみてえな感じさ。

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